湯治場余話

湯治場余話・その5

 「余話」とするのはいささか場違いですが、ちょっと自己紹介。 発足して一年、島根県第一号の「民泊プロジェクト」があります。 このホームページでもリンクしている創菜料理の店・ゆるりと、 その近所の二軒の民家、飯南町にある日帰り温泉「加田の湯」、 それに千原温泉を加えた「まごころステイ・ゆるりの里」です。

 「美郷、飯南は観光地ではないので、わずかしか宿がありません。 日帰り温泉の千原温泉、加田の湯、そして創菜料理ゆるりをご利用の お客様から、ゆっくり滞在したいという要望が度々ありました。 そこで近くの民家が宿を提供することになった、『ゆるりの里』が 生まれました」(以下もパンフレットより)

 「山里では四季を味わうことが、何よりのご馳走です。山の幸・ 川の幸をふんだんに使い安全な食材を、昔ながらの知恵で料理いたし ました。アイガモ米の麦ご飯や地元の減農薬野菜など、季節の食材 をお楽しみください」

 「元来温泉は湯治を目的としていました。湯治とは治療することで あり、その効果を高めるため湧き出したばかりのお湯に手を加えず 浸かるものだったそうです。ゆるりの里には、そんなたしかな温泉が あります」

 「普通の民家なので何のもてなしも出来ませんが、布団だけは用意 してありますので、ゆっくりくつろいでください。土地のことや 百姓のことを話したり、旅の思い出話や世間話の聞き役くらいには なります」

 民泊体験とゆるりでの夕朝食、それに二ヶ所の温泉二回入湯付きで おひとり8500円です。
 お問い合わせはゆるり 電話0855-75-0607

 昔を思い出させる山里に抱かれ、普段着の落ち着いた雰囲気の中で、 飾り気のない触れ合いを体感するのも、時代にマッチした旅の形の ひとつかもしれません。

 常連のおひとりである、湯川愛子さんの「私の日記」から。
「中国山地のほぼ中央を貫流して日本海に注ぐ中国太郎・江の川。 本流支流の流域には小さな集落が点在、本流に沿って走るJR三江線は 一両の列車が一日数本走るだけの偉大なるローカル線です。 ゆったりと流れる川、時たまガーと音を立てて走る列車、のどかな 里山の景色、千メートル級の三瓶山と琴引山・・・ そして、何より素朴な人情が私を惹きつけるのです」

湯治場余話・その4

 湯治場の奥となりに、古い小さなお堂が建っています。 もともと療養のためだけに長く営んできた間に、地元と近在の 協力で建立されたものです。その寄付帳が壁に掛かっています。
 仏様は、松江市郊外にある一畑薬師様を分けていただいて おります。隣接するほどの近くにお堂がある温泉も、全国的に 珍しいのではないでしょうか。

 「一畑寺(いちばたじ)は、出雲神話の国引きで名高い島根 半島の中心部、標高300メートルの一畑山上にあります。
『目のお薬師様』として、古くから全国的な信仰の広がりを持つ このお寺は、1300段余りの石段(参道)でも有名です。
 お寺の名称は「一畑寺」が正式です。通称『一畑薬師』 として 古くから親しまれております。厳密に言うと、『一畑薬師』は 『一畑のお薬師さま』の意、つまり仏さまのお名前を親しみを こめて呼んでいることになります」・・一畑薬師HPより。
 禅宗(臨済宗妙心寺派)の一畑薬師教団の総本山でもあります。
 
 このように、お薬師様と湯治場の関係については、温泉の性質 からして、なるほどとうなずけます。先代の女将はこの温泉を 「薬湯(くすりゆ)」と呼んでいたくらいですから。
 
 おまいりするときの真言は「おんころころ せんだりまとうぎ そわか」。般若心経を上げたあとに、三回この真言を唱えます。
 何回も通ううちに病気やけがが癒え、そのお礼にと熱心にお参り する方も少なくないようです。
 傍らには観音様の仏絵も納められています。こちらの真言は 「おんあろりきや そわか」。あわせておまいりください。  おまいり後、くれぐれもろうそくの火は消して。

 信仰といえば、もう一つ。
温泉の入り口、橋からすぐのところに小さな祠があります。 これは、お地蔵様です。古くは、三瓶山に通じる古道の郡界に 建てられていたものを、昭和になって地元の古老がこの場所に 移したものといわれています。
 2体並んだ仏石は、わずかに仏様の姿がうかがわれる程度で ほとんど原石のままの、原始的な信仰の形を残しています。
 地元の人がときおり拝みに来られて花を飾ったり、線香を あげたり、夏場は周囲の草刈りもきちんとして大切にしています。
 湯治場においでになるお客様や、ここらに住む者の道行きの 安全を静かに見守ってくださいます。

 最近は、最寄りのJR「沢谷駅」からたっぷり一時間かけて 歩いて来られる温泉ファンも増えてきました。
 その道すがら、断崖からドンド(滝のこと)を見下ろしたり、 お地蔵様に手を合わせたり。
 山里から山中に入り込んでいく穏やかな風情に浸りながら、 車の中からでは発見できない、路傍のたたずまいがあります。
 自然との共存があり、古くからの民間信仰が静かに息づく所。 それもまた湯治場を包み込む、日本の良き風景、情景です。

 山奥の温泉を見守り、支えてくださる地元・湯谷(ゆんだに) 地区のみなさんに、あらためて感謝いたします。

湯治場余話・その3

長い間、療養専門の湯治場として宣伝のひとつもしてこなかった のですが、代替わりや雑誌などに取り上げられるようになって、 ここはひとつ、療養中心の方向はそのままに、少しでも多くの方に 千原温泉の効用を知ってもらおうと始めたのが手作りチラシ。
だいたい季節の変わり目に内容をちょっとずつ変えています。

たとえば冬場は「上がり湯」の紹介や積雪時の迂回路の説明、 夏場はあせも、アトピーに効果があることを強調したり、と。
部屋休憩の宣伝もちゃっかり載せたり。

チラシづくりは、もちろん宣伝の意味も込めているのですが、 とくに持ち帰りのお客様に、その使い方をご説明することに 重点を置いています。
日帰り温泉ですから、本来は長逗留してじっくりとなおして いくととても良いのでしょうが、申し訳ないことです。
その代わり、持ち帰ってつけたり風呂に加えたりできると いうメリットを生かしてもらえればと思っています。
このあたりには持ち帰れる温泉はあまりなく、とくに広島県の お客様からは重宝がられているというわけです。

常連様の中には「おっ、チラシが新しくなったね」と、その都度 持って帰られるファンの方もおられるとのこと。
ひなびた一軒家の温泉も、本物温泉の情報発信には、それなりに 努力しているのです。

チラシの泣き所。
5月から夏場にかけては、けっこう早くチラシがなくなってしまい、 あわてて刷り増ししなければならないことも。
しかし、冬場はめっきりお客様が減ってしまい、いつまでも在庫が。 春近くになっても、真冬の雪景色の写真付きのチラシが・・。
もったいないので、なんとか使い切りたいと(せこい)。
そんな笑い話もあったりしながら、細々と、しかしたくましくも 千原温泉は続いていきます。

湯治場余話・その2

 秋から初夏にかけては、最後にぬくもるための上がり湯を 沸かしています。これが五右衛門風呂です。
  温泉の一日はこの上がり湯を薪で沸かすことから始まります。
パチパチとはぜる音、ほのかに立ちのぼる煙が湯気を誘って、
いかにも昔ながらの風情です。  湧き出した源泉を汲んでそのまま沸かすため、表面には膜が できるほど。
加えて熱の湯と呼ばれる成分のため、それはもう 体の芯から温まること請け合い。
 長く源泉に使って、最後はしっかりと上がり湯でぬくもる。
こんな温泉のつかり方も、かなり珍しいものでしょう。

  ところでこの五右衛門風呂ですが、全国で唯一のメーカーが 広島県にあるそうです。
 広島といえば、ここでは最もお客さまの多い県でもあり、
なるほど、いろいろとお世話になっているのだな、と。

ただ、五右衛門風呂は熱効率が良いので、その分ほどよい
湯加減に沸かすのは、なかなかに難しいものがあります。
熱すぎて大変、ぬるくてブルブル、といったお客さまの苦情が
聞こえてきそうです。
そこは昔のまま、近代化に乗り遅れてしまった故の辛さと。
お許しいただきますよう。

わけても、静かにつかることが出来るのは平日の午前と夕方。
のんびりじっくりつかり、千原温泉の底力を実感してください。

湯治場余話・その1

ご存じのように、ここ千原温泉は、湯治場の直下から自然に湧き出した瞬間の温泉につかることが出来るのですが、実は洗い場の下からも、上がり湯の焚き口の周囲からもしみ出すように湯は湧いています。 すぐ上流の川のほとりには持ち帰り用の源泉があり、そこはくり抜いた岩盤のすき間から湧き続けます。
 ところで、この他にも自然湧出の源泉がいくつもあるのです。
まず、玄関入口左側の建物の真下に半地下の源泉があります。ここは、ずっと昔に使われていた湯坪と思われます。アロエの鉢がある玄関左脇の通気口からのぞくことが出来ます。
 次に、浴場とお薬師堂の間の狭い通路の奥に洞窟をくりぬいた源泉があります(下の写真)。ここは、湧く量が少ないため現在は使われることはありませんが、昔は湯の花をとっていたということです。湯の花がたまり、川に流れ出す所には、析出物による小さなドームが形成されています。

さらに、渓流の岸辺にもいくつかの湧き出し口があることに気付く方もおられると思います。黄色い湯の花が目印です。近づいてみるとやはり炭酸ガスとともに、温かい温泉が湧き出しているのがわかります。
 湯治場の湯坪からあふれた湯は、建物に沿った暗渠を通って駐車場下の排出口から流れ出していきます。 この暗渠にも湯の花がたまり、放っておくと流れが滞ってしまうため、冬になると暗渠に潜り込んで湯の花を流す必要があります。夏場はガスがたまっていて入ることはできません。 深い谷底にあって、水脈がちょうど地上に現れる場所がここにあるということなのでしょう。