湯治場余話・その4
湯治場の奥となりに、古い小さなお堂が建っています。 もともと療養のためだけに長く営んできた間に、地元と近在の 協力で建立されたものです。その寄付帳が壁に掛かっています。
仏様は、松江市郊外にある一畑薬師様を分けていただいて おります。隣接するほどの近くにお堂がある温泉も、全国的に 珍しいのではないでしょうか。
「一畑寺(いちばたじ)は、出雲神話の国引きで名高い島根 半島の中心部、標高300メートルの一畑山上にあります。
『目のお薬師様』として、古くから全国的な信仰の広がりを持つ このお寺は、1300段余りの石段(参道)でも有名です。
お寺の名称は「一畑寺」が正式です。通称『一畑薬師』 として 古くから親しまれております。厳密に言うと、『一畑薬師』は 『一畑のお薬師さま』の意、つまり仏さまのお名前を親しみを こめて呼んでいることになります」・・一畑薬師HPより。
禅宗(臨済宗妙心寺派)の一畑薬師教団の総本山でもあります。
このように、お薬師様と湯治場の関係については、温泉の性質 からして、なるほどとうなずけます。先代の女将はこの温泉を 「薬湯(くすりゆ)」と呼んでいたくらいですから。
おまいりするときの真言は「おんころころ せんだりまとうぎ そわか」。般若心経を上げたあとに、三回この真言を唱えます。
何回も通ううちに病気やけがが癒え、そのお礼にと熱心にお参り する方も少なくないようです。
傍らには観音様の仏絵も納められています。こちらの真言は 「おんあろりきや そわか」。あわせておまいりください。 おまいり後、くれぐれもろうそくの火は消して。
信仰といえば、もう一つ。
温泉の入り口、橋からすぐのところに小さな祠があります。 これは、お地蔵様です。古くは、三瓶山に通じる古道の郡界に 建てられていたものを、昭和になって地元の古老がこの場所に 移したものといわれています。
2体並んだ仏石は、わずかに仏様の姿がうかがわれる程度で ほとんど原石のままの、原始的な信仰の形を残しています。
地元の人がときおり拝みに来られて花を飾ったり、線香を あげたり、夏場は周囲の草刈りもきちんとして大切にしています。
湯治場においでになるお客様や、ここらに住む者の道行きの 安全を静かに見守ってくださいます。
最近は、最寄りのJR「沢谷駅」からたっぷり一時間かけて 歩いて来られる温泉ファンも増えてきました。
その道すがら、断崖からドンド(滝のこと)を見下ろしたり、 お地蔵様に手を合わせたり。
山里から山中に入り込んでいく穏やかな風情に浸りながら、 車の中からでは発見できない、路傍のたたずまいがあります。
自然との共存があり、古くからの民間信仰が静かに息づく所。 それもまた湯治場を包み込む、日本の良き風景、情景です。
山奥の温泉を見守り、支えてくださる地元・湯谷(ゆんだに) 地区のみなさんに、あらためて感謝いたします。